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万聖節/Alla helgons dag

 今日、11月3日は日本では文化の日で祝日でしょうが、スウェーデンでも万聖節というキリスト教の祝日でした(→ウィキペディア)。といってもスウェーデンでは11月3日と決まっているわけではないらしく、10月31日から11月6日の間の土曜日となっているようです。この日はスウェーデンでは死者に祈る日だそうで、お墓に行ったり、親族が集まることもあるらしく、日本でいうとちょうどお盆と同じような意味合いがあるようです。また、この日には教会に行く人も多く、暗くなるとお墓にろうそくを灯してきれいなんだそうです。
 今日は雪が降って曇りがちで午後3時半位には暗くなり始めたので、シェレフテオ教区教会の墓地へと出かけてみました。墓地には着いたときには、既にほとんどの墓石の前にろうそくが灯されていて、今日降った雪に反射して幻想的な風景でした。暗くなってからお墓を訪れる人も多く、この幻想的な光景の中を多くのスウェーデン人とすれ違いました。この光景を見て感じたのは、お盆の送り火みたいだなあと。秩父市民的には、まさにこれはスウェーデン的あんどん祭だなあと。またローカルな話ですみません。
 日本人的感覚でいうと、仏教の祖先崇拝の教えから墓前で手を合わせることは、知らず知らずのうちに身についていますよね。キリスト教はあくまで祈る対象は神だけで、死者は祈りの対象ではないと聞いたことがあるのですが、この日がスウェーデンで死者に祈る日となっているのは独特のキリスト教観でもあるのでしょうか。これは、スウェーデン的家族観と関連しているのでしょうかね。少し疑問なんですが、もしご存知の方がいたら教えてください。
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コメント

こんにちは

私のコメントを読んで下さって嬉しいです。
その上、更に丁寧なご挨拶をありがとうございました。

スウェーデンでのキリスト教の中での祈りの対象ですか。
私が今書こうとしている話は、スウェーデンでの体験じゃないので、
ちょっと(かなり?)話の趣旨からは、きっと外れてるのかもしれませんが・・・。

私は子供の頃に、ドイツの宗教色の強い町に住んでいたんですけど、
多くの人達が神様にも、ご先祖様達にも同じようにお祈りしていたと思います。
『今日の自分達が存在しているのは、ご先祖様達のおかげ』
沢山のお年寄り達が、そんな感じの事を口にしていたのを覚えています。
勿論、それはカトリック教徒の人達の方がそう言う気持ちが強かったと思います。

でも、私も含めてなんですけど、それって今はどうなんでしょうね・・・。
特に若い人達の間では、気持的には結構薄れて来ている感じもします。

この事を私のBFにも聞いてみましたよ。
『あー、それって土曜日の御墓参りの事?
 最後に行ったのは15歳位の時だし、今は家族の誰も行ってないと思うなァ…』
『今は昔と違って、なんだか忙しくなったから御墓参りには行けないけど、
 でも時々は心の中では先祖の事とか考えたり、感謝したりはしてはいるよ』
だそうです。

家の中では靴を脱ぐようになった50年位前位から、世の中の流れが変わり、やがて殆どの女性も働くようになり、都市部への引越しも多くなり、時間に追われた結果として、慶弔関係なども簡素化されて、『せめてこの日だけでも!』と、万聖節の日には、御墓参りに行く事が定着したんじゃないのかなァ?日本でも同じでしょう?と彼は言っていました。

うーん、なんだかダラダラと書き過ぎて全然まとまりがない感じが・・・。


投稿: にゃんこねん | 2007年11月 6日 (火) 00時00分

もう1回おじゃましまーす!

以前のお題の、*公営競技事情*の中で、
『これって何っていうのかな?』とありましたのを思いだしましたので・・・。

これは、繋駕速歩(けいがそくほ)の一種です。
日本ではJRAでも昭和43年まで、公営では岩手競馬などでも昭和47年頃まで
開催されていたとのことです。(私が生まれる前の話なので、見ていないのが残念です)

世界各国でレースは今も行われていまして、私も何度か楽しみました。
来年の夏は、シェレフテオ競馬場で体験出来るので今から待ち遠しいです♪

おじゃましました。。。

投稿: にゃんこねん | 2007年11月 6日 (火) 00時42分

にゃんこねんさま

貴重なコメントをありがとうございます。本物のスウェーデン人の気持ちまでBFに聞いてもらって、恐縮です。

ドイツに住んでいたのですかあ。なおさらスウェーデンに順応するのが早いと思いますよ~。この前ドイツ人の若者と知り合いになったのですけど、言葉にしろ生活にしろすぐに慣れちゃってますもんね。驚きですよ。スウェーデンにもドイツから来た文化も多いようですし、言葉も近いみたいですしね。

確かに、ここ10年くらいで日本人の価値観も急に変わってきてる気がしますよね。核家族化や、葬儀の形式化なども都会だけでなく地方にも変化が押し寄せてますしね~。スウェーデン関係の本を見ていると、1960年代頃の変わり様の話が一番興味深いです。最近の日本と重なる気がして・・・。そういう意味では、スウェーデンの50年前を追いかけてるのかなと思っちゃいます。

日本人の平均的な家族観に近いのは、ヨーロッパでもカトリックの南欧とかドイツなど、比較的宗教色が強いところかもしれませんね。

それと、繋駕速歩なんて良く知ってますね?初めて聞く言葉ですよ。ウィキペディアで見たら、これって馬の競歩なんですね。このルール、ちっとも知らなかったです。シェレフテオは馬も多いですし、郊外に行くとたくさん見かけますよ。たまに道を走ってます。アイスホッケー、サッカーと並んで乗馬(馬術?)も盛んなスポーツです。公営競技が嫌いでなければ、ドッグレースもシェレフテオにはありますので・・・。

ではまた。

投稿: kinta | 2007年11月 6日 (火) 03時29分

ここでは初めまして、のYoshiです。
いつもブログのほうへ、丁寧なコメントありがとうございます。

なるほど、キリスト教での祈る対象は神だけとの指摘。確かにそうですよね。私のブログでは「死者・先祖を祀る」という表現を使いましたが、もっと柔らかい「敬う」程度の表現がいいのかもしれませんね。

投稿: Yoshi | 2007年11月 8日 (木) 05時00分

Yoshiさま

コメントをありがとうございます。

実は、ネットで日本から取り寄せた本が今日届きました。大岡頼光さんが書いた「なぜ老人を介護するのか~スウェーデンと日本の家と生死観」という本なのですが、この中にスウェーデンでの万聖節のことや、Yoshiさんが書かれていた共同墓のこともかなり深く書かれています。まだ読みはじめたばかりなのですが、疑問に感じていたことのヒントが少し見つかるかなあと思っています。Yoshiさんは既に読まれているかもしれないですね。

またYoshiさんのブログお邪魔させてもらいます。楽しみにしていますので。

投稿: kinta | 2007年11月 8日 (木) 06時47分

いや、その本のことは知りませんでした。機会があれば読んでみたいです。

投稿: Yoshi | 2007年11月11日 (日) 20時41分

上記の本にはこんな結論付けをしていました。

スウェーデンでお墓にろうそくを灯す習慣は一度は廃れたものの、20世紀に入ってから復活してきたそうなのです。

(以下引用)・・・・・(万聖節の灯火には)祖先崇拝とは異なる「私的追憶」が見られるだろう。祖先崇拝がすべての先祖を尊いものとし、時間を超えた親族の連続性を墓で象徴しようとするが、「私的追憶」は生きているにとってかけがえのない死者のみを追憶することで、他ならぬその死者との関係のみを生者のが保ち続けようとするものである。・・・

「祖先崇拝」=自分が知ると知らずにかかわらずすべての先祖を崇拝すること
「私的追憶」=祖父母や父母など、自分と関係のある死者を追憶すること

と定義付けているようです。とすると僕らが持っているのも「私的追憶」という感情なのかもしれませんね。

投稿: kinta | 2007年11月12日 (月) 06時56分

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